Subrow’s Blog

エンジニアとしてのキャリアをベースに「ものづくり」の昔と今、そして未来予想図をこのブログを通じて創っていきます

100年以上経ってもほとんど進化していないのに、今も非常に重要な自動車の装備品とは

20世紀初頭、フォード・モデルTの開発、発売に端を発して市場に出始めた自動車。
2度の世界大戦を経て、兵器製造業から鞍替えしたメーカーの参入によって一般への普及が一気に加速し、庶民の手に届くものになった。

その後は、その時々の最先端技術を取り入れながら、走行性能、環境性能、安全性、快適性、などなどを進化させ、人やものを安全かつ快適に移動させる手段として、趣味やスポーツの道具として、時にはステータスシンボルとして、自動車は幅広い用途で世間に受け入れられていった。そしてこれからはMaaS(Mobility as a Service)と称する新たな概念のもと、移動手段としての自動車の価値が大きく変化していくことになるのだろう。

しかしこれほどの進化の一方で、フォード・モデルTの時代から現在まで、ほとんど進化していない部品や装備が残っているのも事実である。

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その代表例が「ワイパー」だ。
「ワイパー」の基本的な構造は、1903年アメリカで特許が成立している。
フォード・モデルTの発売が1908年だから、その5年前に既にこの構造が成立していたことになる。

その特許では、ラバーブレードとバネ付きアームの組み合わせによるもの、となっており、自動車に少し詳しい人ならお判りかと思うが、現在の自動車に装備されている「ワイパー」と同じ、すなわち約120年経過した現在でも基本構造は当時から大きく変わっていないのである。

もちろんブレードの材質や、雨滴感知や速度感応など付帯的な機能追加はあり、そういう意味では進化しているのだが、本来の「ワイパー」の目的である「フロントガラスに付いた雨滴を掃う」という部分の構造は同じままだ。それどころか、旅客機や船舶、電車など、他の多く乗り物にも、広く「ワイパー」が使われているのをご存じの方も多いだろう。

つまりこれは、約120年もの時間を経る中で世界中の幾多のエンジニアや学者が思考を巡らせても、「ワイパー」に取って代わる画期的な装置の開発には至らなかったことの証左である。

ましてや「ワイパー」は「重要保安部品」と呼ばれる、不備があると車検が通らない装備の一つであり、安全に走行するためにはなくてはならないものだ。
同じ「重要保安部品」でも、灯火類は電球からLEDになり、計器類もアナログからデジタルになり、警音器はラッパ式のホーンから電気式に変わってきたのだが、「ワイパー」だけは120年前のままなのだ。

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1990年代になって雨滴をはじくガラスコーティング材が出始め、代用品としてにわかに期待された時期もあったが、結局は今でも「ワイパー」が装備され続けているのは、安全面でも機能面でも「ワイパー」を凌駕するには至っていないからなのだ。

今や、あらゆる機能が電子制御化され、AIなどの最先端技術が満載されている現代の自動車だが、100年以上前のフォード・モデルTと同じ構造の装備が同居していることに、エンジニアとして何とも不思議な感覚を覚える。今となっては、当時にこの構造を確立させた人の先見性と発想力が素晴らしかったということだろう。

第4次産業革命に差し掛かり情報通信技術ばかりが脚光を浴びる状況となり、IT技術者やシステム系エンジニアが幅を利かせ、メカ系エンジニアは日陰に追いやられつつある製造業も多いと聞く。しかし、自動車だけでなく他の製品でも、こうしたメカ的な構造の中にも進化の余地があるものが数多くあるはずだ。メカ系エンジニアとして「ものづくり」のキャリアを過ごしてきた私としては、まだまだメカ系にも多くの進化の余地があることを知っているだけに非常に歯がゆい思いがあるが、私一人ではどうにもならないのは明白でもある。

だからこそ、いろいろなジャンルのエンジニアや職人がコラボできる場を作り、今までにないアイデアや知恵を創出していきたいと思っている。