Subrow’s Blog

エンジニアとしてのキャリアをベースに「ものづくり」の昔と今、そして未来予想図をこのブログを通じて創っていきます

「縦割り、前例踏襲、既得権益」が「ものづくり」の世界に与えた功罪と、それを打ち破るたった一つの方法

菅内閣が発足して早くも1か月が経過した。
その間に矢継ぎ早に出てきたキーワードがいくつかあったが、今回はその中で「縦割り、前例踏襲、既得権益の打破」に注目してみた

今回、総理自らが敢えて、この「縦割り、前例踏襲、既得権益」というこの3つの言葉を出したのには、コロナ禍への対応によって浮き彫りになった官庁や役所の機能不全があることは想像に難くないが、今更言うまでもなく、長年に亘って日本のあらゆる組織に巣食ってきた悪習、悪癖であることは紛れもない事実である。

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私が本ブログのテーマとしている「ものづくり(製造業)」の業界もご多分にもれず「縦割り、前例踏襲、既得権益(自己保身)」がまだまだ蔓延っている分野だ。

社内の部門間には暗黙のヒエラルキーが歴然と存在し、過去の成功体験ベースの指示や主張しか出来ない幹部が幅を利かせ、自己保身のために「出る杭」を認めずに叩き続ける管理職が存在する、そんな組織もまだまだ多いだろう。

一方で社員の側も、そんな組織の在り方に疑問を持ちつつも抗うことはせず、与えられる業務を従順かつ無難にこなす日々に居心地良さすら感じて生きてきたのだから、クリエイティブな思考が萎んでいくのは必然の状況だったのだと思う。

もちろんそのベースには、高度成長期には最適の運用であった終身雇用、年功序列をベースとした日本独得の雇用/人事制度であったり、同調圧力に弱く横並びが大好きな日本人の気質があるのも間違いない。

生活を維持するために、特に楽しくもないし適性があるとも思えない仕事でも、定年まで平穏に過ごしていくことを標準的な生き方とする人たちを量産してきたのだ。

そもそもそんな環境ではイノベーションなど生まれるはずもなく、第4次産業革命に乗り遅れるのも当たり前だったのだ。

そんな構図で日本の製造業は衰退の道を辿ってきたのだ。

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とは言えども、日本には、過去もそして現在も、優秀かつ有能なエンジニアや職工が非常に多くいるはずだ。

しかし、この「縦割り、前例踏襲、既得権益(自己保身)」によって、彼らが持てるポテンシャルを十分に発揮出来難い環境が作られているだけだと私は考えている。

私の経験談も含めて3つの悪例を書いておきたい。

・いくら良いアイデアを出しても上長に門前払いを受け続ければ、そのうち出さなくなる

・他部門との連携案を提示しても、それぞれの部門が自前の事情ばかりを優先する組織風土では全体最適化は進まない

・先輩たちと雑談しながらスキルやノウハウや知識を得る機会がなければ、エンジニアや職工としての人間の幅は広がらない

これらは典型例として挙げたものだが、日本の製造業ではこういう状況がそこら中に見受けられるのではないだろうか。

もしかしたら、既にそれが当たり前と思っている若いエンジニアや職工も多いのではないだろうか。

私は、このような状況から生まれるエンジニアや職工のモチベーション低下や「事なかれ主義」へのマインド偏向が、日本の「ものづくり」を衰退させてきた大きな要因の一つと考えている。

そしてその根っこには、企業としてコストと効率と生産性を追求し続けなければならない、つまり企業として余裕がない状態がバブル崩壊以降続いてきたことがあるのは間違いない。

一方で、1990年代から始まった第4次産業革命は、アメリカを中心とした欧米諸国を起点にして、産・官・学が同じベクトルに向かって人材育成、研究、設備などへの投資に注力したことで進化、発展してきた。

そしてその結果、AmazonApple、Alphabet(Google)、Facebookマイクロソフトを中心としたBig Techと呼ばれる、現代の情報技術産業をリーディングする企業群が生まれ育ってきたのだ。

しかし残念ながら、日本にはそれらに太刀打ちできる企業は今のところ皆無だ。

私はその最も大きな原因は、企業や組織が「個」を活かすことをあまりにも疎かにし過ぎてきたことだと思う。

聖徳太子が17条憲法で書いた「和を以て貴しとなす」という言葉があるが、これには二通りの解釈があることをご存じの方も多いと思う。

一つは「みんな仲良く争わないのが最も良い」、もう一つは「しっかり議論しなさい」なのだが、近代の日本では前者の解釈が主流となりそれが「事なかれ主義」へと移行していると感じる。

しかし私は、後者の意味こそがこれからの「ものづくり」の世界に必要だと思う。

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豊富な経験を持つ人、新しく斬新なアイデアを持つ人、全く分野違いでも関心の深い人など、いろんな人たちが集まって、組織の制約やシガラミに捉われず自由闊達に議論する場がイノベーション創出につながると思う。

そしてそれが企業という組織の中で出来ないのであれば、有志でそれが出来る場を作ればよい。

第4次産業革命に完全に乗り遅れ「ものづくり後進国」と揶揄される日本がそのGAPを埋めるのはそう簡単なことではないが、「個」を融合させてポテンシャルを発揮し、少しずつでも世界に近づけるような場が作れれば嬉しい限りである。

改めてコロナ禍によって見えてきた日本の「ものづくり」が向かうべき方向性 3

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このコロナ禍によって入手出来なくなって困ったものといえば、ほとんどの人はマスクと答えるだろう。

一時期はどこを探しても見当たらない状態が続いていたが、ようやく落ち着きを取り戻し、供給も安定しているようだ。品薄に耐えかねてお手製のマスクを作った方も多く、また異業種からの参入や素材の多様化もあって、今後もそれほど需給がひっ迫することはないかもしれない。

With コロナの時代となり今や生活必需品となったマスクだが、コロナ禍前においてはおよそ80%程度が中国からの輸入品だったようだ。

その多くが日本メーカーの現地法人、または現地企業への委託による生産で、品質や工程管理(特に衛生面)はしっかりと指導、監督されていたそうだが、当然ながら一気の需要増加に即応出来る体制にはなっておらず品薄を招いた格好だ。

もっとも今回の場合、ウィルスの起源が日本の10倍以上の人口を抱える中国であり、現地で生産しているマスクが現地需要に回るのは当然で、日本に入ってくる余地などないのは自明の理だ。

今回は、この問題を代表例として様々な製造業におけるサプライチェーンの問題点が浮き彫りになった。

他にも、部品が届かず生産ラインを止めざるを得なくなった家電や自動車、建材や部材が届かず工事が止まった建設業など、中国からの輸入に頼っている業界のトラブルは多くあったはずだ。

では、何故このようなサプライチェーンになってしまったのか。

それは言うまでもなく、ほとんどの製造業がコスト最優先を追い掛けた、いや追い掛けざるを得なくなった結果であり、生産拠点を海外に移転したり、または海外企業からの調達が主流になったことが大きいのである。

これは、前にも述べたように国内のデフレスパイラルを先導した要因でもあり、このマスクの問題が製造業や国民の意識に一石を投じてくれるといいのだが。

そもそも、こういうグローバルサプライチェーンは世界が平和であることが大前提で成立するものだ。
コロナ禍はウィルスとの戦いではあったが、世界中の人とものの動きが止まったことで製造業が滞り、それによって消費者が多大な影響を受けた。

しかし今回幸いだったのは敵がウィルスであり、世界中が一致協力してワクチンや治療薬の開発によって制御が可能になりそうなことだ。これが物理的な国家間の戦争であれば、たちまち素材や部品だけでなく、我々が日常的に使用している生活必需品や加工食品など、多くの品物が入手出来なくなることも十分にあり得るのだ。

そう思うと今回のコロナ禍が浮き彫りにしてくれた日本の「ものづくり」の問題を改めて考え、是正していかなければならない機会だと思う。

繰り返しになるが、デフレ化の日本においては、価格が安いことを最優先とするマインドが長年に亘って染みついてきた。品質や信頼性に多少の問題があると判っていても、中国を中心とした海外で生産され、調達された安価なものを選んできたのだ。

しかし今回、不織布マスクは入手できなくなり価格は暴騰した。
コロナ前に1枚10円程度で販売されていた不織布マスクは、今でも昨年レベルの価格には戻り切っていない。いまだに国内生産品は店頭ではほとんど見かけないし、中国製のものでも昨年の2~3倍程度の価格で並んでいる。

一方で一時期、低俗なデマによって品薄になったトイレットペーパーやキッチンペーパーはほとんどが国内生産であり、物流網の問題が解消されたことですぐに鎮静化し価格も元に戻った。

この2つのケースを見ても、せめて生活必需品だけでも国内で生産し供給出来る環境を整えることが、我々の生活にとって非常に重要なのはお判りいただけるだろう。

もちろん戦争は絶対にあってはならないことではあるが、想定外の要因でグローバルサプライチェーンが寸断される状況が起こり得ることを、いみじくも証明したのが今回のウィルスだ。

こうしたリスクを最小限に抑えるためにも、日本の製造業を国内回帰させ、少なくとも我々が日常的に使用している生活必需品だけでも流通が滞ることのないよう、国内生産に戻して欲しいというのが私の想いであり、切なる願いだ。

そしてそれを実現するためには、価格が安いことを最優先とする消費者のマインドを払拭することが重要かつ難題でもあろう。

もう今は、大量生産/大量消費の思考で低品質/低価格のものを短期間で買い替え消費する時代ではない。少々高価でも高品質な製品を長く使い、自分に必要がなくなれば必要な人に譲渡したりシェアしたりする、いわゆる循環型社会へのシフトが求められている時代だ。

そういう時代だからこそ、国内に生産拠点を回帰することから生産と消費と雇用の循環を復元し、SDG'sの実現に近づくことが出来るのではないだろうか。

改めてコロナ禍によって見えてきた日本の「ものづくり」が向かうべき方向性 2

もともと日本は、世界でも有数の「仕事が好きではない人」の割合が高い国である。またその一方で転職率は世界でも有数の低さという、世界的に見ると何とも不思議な国でもある。

ということは、多くの人が好きでもない仕事をやりながらも転職せず、ひたすら我慢して日々会社勤めしていることになる。如何にも日本らしい話ではあるのだが。

これはあくまで幅広く業種を網羅した統計であって、製造業に限った話ではないので、日本のあらゆる業種にこういう思いで日々仕事をしている人たちがたくさんいることを表しているのだが、結局は、事あるごとに取り上げられる日本企業における低生産性の最大の原因ではないかと思ってしまう。

もちろんそれは読者の皆さんもお判りの通り、年功序列、終身雇用という日本独得の制度が大きく影響しているのであって、雇用する側もされる側もなかなかその呪縛から抜け出せないでいるのだ。

私自身もご多分に漏れず、長年そのような呪縛の中で生きてきたし、数えきれないくらい理不尽で納得のいかない状況に遭遇してきた。仕事だから、給料もらってるから、と割り切らざるを得ない状態で、楽しくない仕事を続けてきた人が多いのは事実だ。日本社会ではそれがある意味常識だったし、今となっては、ある種の洗脳だったような気もする。

しかし私はもともと”あまのじゃく”だったこともあり、いつの頃からかその洗脳から解き放たれ、そもそも楽しくないことを無理やりやって良い成果が出ることなんてあり得ない、と思うようになった。
そのキッカケが何だったかはよく覚えていないが、随分と気持ちが楽になり始めたのは覚えている。

一方では、そうした主張や行動をし始めると組織からは冷遇され疎外されていくことが増えていったのだが、それはそれとして、エンジニアとしてのポリシーをしっかりと見つめ直す機会になったように感じるし、特に後悔はしていない。

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さて、ここでエンジニアや職工の人たちに一つの問いを投げたい。

「”仕事(プロセス)が楽しくない”と感じていて、”イノベーション”は生まれるだろうか?」

私の答えは”No”だ。

ほとんどの人は、職業として志すくらいだから当然「ものづくり」が好きであり、楽しんで取り組んでこそ持てるポテンシャルを存分に発揮出来ると私は思う。

私自身の経験から、自分の創造したアイデアが試行錯誤を繰り返しながら実現していくプロセスがあり、そして成果物として出来上がる、それがエンジニアとっての楽しさであり醍醐味だ。たとえ、携わったものが大きな装置の中の小さな部品一個であっても、そう感じるものだ。

しかし今や、組織の中の「ものづくり」は制約や束縛があまりに多く、自由な発想を発揮して仕事が出来るところはどんどん少なくなっている。前回書いた「コスト」や「効率」ばかり追求しなければいけないのは、その典型例だ。

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私が若かった頃は、少なくとも現在ほどの強い制約や束縛はなかったように思うし、今よりも随分自由な発想でいろんな人と意見を戦わせたりしたものだ。

そう思うと、組織に入って以降、この制約だらけの時代しか知らない、というかそれが当たり前と思って働いている若い世代のエンジニアや職工の人たちを不憫に思うし、潜在的なポテンシャルを活かせずにいる境遇が非常に勿体なく感じる

本当は「ものづくり」が好きでエンジニアや職工を志したはずなのに、組織で仕事をするうちにいつの間にか「やらされ感」に支配され、楽しくなくなっている人も多いだろう。

すなわちそれが、冒頭に書いた世界でも有数の「仕事が好きではない人」の割合が高い国が形成されてしまう大きな要因ではないだろうか。

私は、楽しく仕事をすることで生み出されるイノベーションは無限にあると思うのだが、しかし今の日本には、少なくとも製造業という組織には残念ながらその土壌に乏しいと言わざるを得ない。そうかと言って、その土壌が簡単に変えられるものでもないも確かだ。

であれば、企業という組織から離れたところで、若い世代のエンジニアや職工の人たちが自由に楽しく「ものづくり」を語り合い、イノベーションにチャレンジし生み出だせる場や環境を作るべきはないか、というのが私の意見であり、これからの日本の「ものづくり」が向かうべき方向だと思う。

改めてコロナ禍によって見えてきた日本の「ものづくり」が向かうべき方向性 1

日本では1月に始まった、このコロナ禍。
未知のウィルスへの対応に、政府も国民も右往左往している感は否めない。
当面は、このウィルスに世界中が一喜一憂する日々が続くことを覚悟するしかないのであろう。

そんな中、日本の製造業にとっては、この僅か半年少々で非常に大きなインパクトはあったのは間違いない。

かなり以前から、大量生産/大量消費、終身雇用/年功序列の終焉、IoT、RPA、DXへの取組み、などなど、製造業に課題が山積しているのは明白だったが、改革や投資をズルズルと先延ばしにしていた企業が非常に多いことが、これを機に否応なくあぶり出された。真に焦っている経営者も多いことだろうし、このままいくと本当に存続が危ぶまれる企業も多数出るだろう。

私はバブル絶頂期以降、長年に亘って大手製造業でエンジニアとして勤めてきた。
バブル崩壊、深刻化するデフレ、生産拠点の海外シフト、ITバブル/崩壊、リーマンショック、2度の大震災、第4次産業革命、など、いろいろな紆余曲折を経験してきた。その間の日本の「ものづくり」を振り返ってみると、ひたすら「コスト」と「効率」との戦いだったような気がする。

バブル崩壊以降、長期に亘るデフレ経済下においては、消費者の購買行動における最優先項目が「低価格」という意識が浸透してしまったため、企業は売価を下げることにひたすら注力せざるを得なくなったのだ。

そしてそれが非正規雇用の増加など人件費抑制につながり、結果的に購買余力が減るという、いわゆるデフレスパイラルを引き起こし、今なおその影響が色濃く残っているのは紛れもない事実である。

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もともと日本人は同調圧力に弱く、組織においては「出る杭は打たれる」文化であるが、これは製造業における少種大量生産には都合のいい文化だ。加えて生真面目かつ権威者に対して従順な国民性も相まって、自動車や家電に代表されるように同じものを高い精度と品質を保って、大量に効率よく作ることで世界を席巻し栄華を誇ってきた。しかし、そんな古き良き時代の残像が様々なところで悪さをして世界の潮流から取り残されたのが、今の日本の製造業である。

その取り残された原因を掘り下げていくと、非常に複雑にいろいろなファクターが絡み合っていて端的に語ることは難しい。

それらは今後、本ブログで一つずつ分析し解説していきたいと思うが、まずは製造業に勤めるエンジニアや職工などの置かれた環境と、それに伴うマインドが大きく変化してきたことにフォーカスしてみたい。

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これも数え上げればキリがないほどあるのだが、まず私が挙げたいのは「創造」と「コスト」のバランスの変化だ。

少なくとも1980年代後半から90年代前半までは、もちろん「コスト」は重要なファクターではあったのだが、そんな中でも「創造」を受け入れ、時にはコストと時間を掛けても研究、検討する余地が少なからずあった。そういう時代だったと言えばそれまれでだが、エンジニアや職工が、夢や遣り甲斐を持てていたのは確かだ。

しかしその後は「コスト」に対する比重が加速度的に増加し、いつの間にかエンジニアや職工の仕事はコスト低減なのか、と思わせる状態が定着してきた。

つまりは、開発当初から厳しいコスト上限が設定され、その枠に納まるようにエンジニアや職工は知恵を絞る、そこには新しいアイデアや付加価値を反映する余地はほぼない、というような状況だ。

表現的に多少の誇張があることはお許し願いたいが、創造力を発揮することすら憚られるマインドがこのようにして醸成されてきた、ということをご理解頂ければと思う。

エンジニアや職工は、ほぼ例外なく「ものづくり」が好きな人たちだし、そこに自身の創造力や工夫を反映していきたいと強く思って仕事をしている。

確かにコスト低減にもアイデアや工夫は重要だし、中にはそれに遣り甲斐を感じる人もいるだろうが、多くは発展的な創造性を発揮しイノベーティブな領域で自分の能力を活かしたいと思っているはずだ。
しかし多くのエンジニアや職工は、組織の方針や制約に縛られて持てるポテンシャルを発揮できないでいるのが実情ではないだろうか。

本文の冒頭に述べた山積した製造業の課題解決は、一朝一夕に出来るほど根は浅くない。
政府や多くの経営者は様々なシガラミや経験則に縛られていて、残念ながら早急な動きが出来る状況でもなさそうだ。

かといって、私の力など微力だが、バブル期以降の日本の製造業の凋落ぶりを前線で目の当たりにしてきた身として、エンジニアや職工の人たちを活性化させることで「ものづくり立国・日本」をボトムから復活させることが出来るでのはないか、いや、復活の一助になれるのではないかと考えている。

そのために、さまざまなエンジニアや職工の方々が、組織を離れたところで「ものづくり」を語り、イノベーションを生む場(コミュニティ)を作っていきたいと考えている。

日本に根付いた「滅私奉公」の精神が「ものづくり」に与えた影響について考察してみた

日本には古くから「滅私奉公」という精神がある。
意味は読んで字のごとく「私を滅し、公に奉ずること」だ。

一般的には、明治時代に入って「軍人勅諭」(明治15年発布)や「教育勅語」(明治23年発布)により、この精神が普及したとされる。

もちろんその時代だから「公」とは天皇や国家であり、総力を挙げて列強諸国に対峙出来る国力を醸成すべく、天皇の名のもとに発布されたものだ。

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その後は「お国のために、天皇陛下のために」というスローガンのもと、軍や政権による行き過ぎた解釈と政策によって太平洋戦争で甚大なる犠牲を強いたことは間違いない。

そして今も、およそ150年前に日本人のDNAに刷り込まれたこの精神が日本社会に色濃く残っていることを痛感する場面は多い。

まさしく今、新型コロナウィルスに対して「対ウィルスの第三次世界大戦だ」と評する人も多いのだが、ウィルスに感染した人たちや営業自粛などによって収入が激減する人たち、さらには医療従事者に対する政府の対応を見ていると、国民の命を軽視するという点で、前の大戦の頃と何も変わってない印象が強い。今禍において今までに政府から出された愚策の数々を見ても、やはり日本国においては、いろいろな意味まだまだ「滅私奉公」なのだなと(嫌味も込めて)つくづく思う。

そして、企業においてもその精神は脈々と続いている。
本来、雇用側と被雇用側は雇用契約によって対等な立場であるはずが、実態は主従関係にあるという現実が「滅私奉公」のDNAのなせるワザなのだろう。
日本独特の終身雇用、年功序列などの制度がそうさせたのかもしれないし、それを当たり前として双方が満足して今までやってこれたのは、時代が良かったことに尽きるのだ。

しかし、日本式の雇用制度は維持できなくなると言われ始めて久しい。
正規雇用者を調整弁にして、需要変動への対応やコストの低減を図ってきたのは誰もが知るところだ。

「ものづくり」の分野においては、企業規模が小さくなればなるほど携わる製品も限られるし、他分野の技術や知識に触れる機会も少ない。
中には、社員は数名しかいないがオンリーワンの技術で世界の最先端をいっている企業もあるにはあるが、大多数は昔から受け継がれた、極狭い領域の得意分野を活かして経営されているのだ。

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そんな中、そういった企業に所属するエンジニアや職人の多くは、終身雇用を前提に「滅私奉公」で会社とともに人生を送り、他の分野に目を向けられないことで、みすみす自分の持っている可能性を活かすチャンスを逃してはいないだろうか。

もちろんその人が、その人生を幸せと感じていれば私にとやかくいう権利はない。しかし、ポテンシャルを持った人が、持てる技術の幅を広げたり、また他分野との融合でイノベーションを起こしたり、という機会が、所属する会社への「滅私奉公」によってを失われているのであれば、「ものづくり」分野における大きな損失のような気がしてならない。

新型コロナウィルスによって、多くの概念や常識が否応なく壊されようとしている。
私はこの機会に「滅私奉公」という古臭い精神も壊して、組織や会社の枠に縛られずに、さまざまな分野のエンジニアや職人が交流してイノベーションを生み出せる場が、今後の「ものづくり」に必要だと考えている。

残念ながら、日本企業の生産性の低さは世界でも指折りだ。
それも「滅私奉公」の精神に根差した無駄な時間の使い方が災いしているように思う。
今後は会社も終身雇用は維持出来ないし、年功序列も崩壊している。
そんな環境の中で「ものづくり」を愛するエンジニアや職人の方々は、会社の枠に縛られず、自分のポテンシャルを活かすためにもっともっと積極的に動いて欲しいと切に願う。

今まで世界を席巻してきた日本の「ものづくり」が衰退した理由からポスト新型コロナ禍にやるべきことを考えてみた

新型コロナウィルスが世界中に猛威を振るっていて、まったく収束の糸口すら見えない。
もはや、治療薬やワクチンの開発か、免疫を獲得した人が大多数を占めるに至るかしか、望みはないのかもしれない。となるとまだまだ時間は掛かるし、それまでの間はウィルスと経済疲弊の両方との闘いであるのは間違いないだろう。

そして人類がこのウィルスを乗り越える頃には、今の世の中に存在する、多くの常識や概念が覆されているかもしれない。それは不確定要素ばかりの時代がしばらく続くことを覚悟しないといけないということだろう。

日本の戦後経済において「ものづくり」が成長の原動力だったのは誰もが知るところだ。
日本人の知恵の豊富さと手先の器用さときめ細かい気配りが散りばめられた「ものづくり」の、その秀逸さで世界中を席巻し、遂には貿易摩擦まで生んだしまった時代が懐かしいくらいになってしまった。

しかし今となっては日本の「ものづくり」は衰退の一途だ。
そしてそれに代わって、安倍政権以降は「インバウンドビジネス」の拡大方針を明確に打ち出し、日本の主たる産業となってきた。

日本には、外国の人々を魅了させる歴史や文化に裏打ちされた豊かな観光資源があるのは確かだし、その中心地である京都に住む立場として、私はその政策を否定するつもりは毛頭ない。しかし時代を遡ってみると、これが正しい姿とは到底思えないし、ある意味、国の無策が招いた妥協の産物とも思える。

では何故、妥協の産物だと私が考えるのかについて具体的に述べてみたい

日本の「ものづくり」に最も活気があり隆盛を極めたのは、間違いなく高度経済成長期であった。
それによって人口も、収入も、右肩上がりに増えた時代であり、終戦後のどん底を味わった日本人が一転して豊かさを謳歌出来た時代だった。

地方の中高卒者を工場労働者として大量雇用し、彼らによって大量生産された製品が、彼らによって大量消費されるという好循環によって経済成長し「一億総中流」を築き上げたのだ。

しかしそれは同時に、製造業の高コスト体質を醸成していくことになった。もちろんその陰には日本特有の年功序列、終身雇用も大きく関係しているのだが。

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その様子が明らかに変わり始めたのは90年代に差し掛かる頃からだ。
人件費を主としたコスト上昇が経営課題として重くのしかかり始めたことから、生産拠点を国内から海外に移す企業が急激に増えていったのだ。

これが日本の「ものづくり」にとって大きな転換点の一つとなった。
まず生産拠点が減ると、当然の如く工場(現場)で「ものづくり」に携わる、すなわちブルーカラーと呼ばれる人々の雇用が減少する。

今となってはブルーカラーと聞けば、労働者の中で下位のヒエラルキーに捉える人も少なからずいると思うが、実はこの人々が日本の「ものづくり」の発展を支え、また多くの優秀な人材を輩出してきたのだ。

日本が世界に誇る継続的な品質改善活動などは、まさしく現場力が生み出したものであったのだが、結果的にそうした人々が活躍する場を奪ってしまったことで、日本の「ものづくり」は衰退を決定づけることになったのだ。

そして製造業に代わる高卒者の受け皿として全国各地に大学が乱立されていき、大卒の看板を携えたホワイトカラー志望の学生が増えたことと、サービス業が中心となる「インバウンドビジネス」の拡大方針も相まって、うまく転換出来ていたように見えていたのだが、、、この新型コロナ禍が来襲するまでは。

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そもそも私から言わせると「インバウンドビジネス」は、ただ単に今あるものを活用しただけであって、何か新しい価値を生み出したものではない

今まさしく、外国人観光客をアテにしたこのビジネスの脆さが露呈している格好だし、関連の事業者はこの状況では何の打ち手もないのが現実だろう。言い換えると「インバウンドビジネス」は、観光資源に依存した他力本願の部分が大きく、根っこが何もないビジネスだったのだ。

本来は「ものづくり」の衰退に代わって、何か核となる産業の創出を官民挙げて取り組むべきだったのだが、その中心に「インバウンドビジネス」を据えてしまったことが、妥協の産物だと私が思う理由だ。

一方でアメリカでは、70年代からポスト自動車、ポスト家電を見据えて、シリコンバレーを中心に半導体や情報通信技術の研究開発が着実に進められており、その結果としてマイクロソフトGAFAなどを中心に第4次産業革命において世界を主導出来る立ち位置にあるのである。

新たに核となる産業を育てるためには官民挙げての優秀な人材確保と並々ならぬ努力が必要なのはどこも同じであるが、それが出来たアメリカと出来なかった日本、この期に及んでアメリカの後を追い掛けても追いつけるはずもなく、この30年以上のギャップを埋めることは不可能だと断言せざるを得ない。

ただ、今回の新型コロナ禍で、世界はこれからも相当なダメージを受け続けると想定される中、不謹慎ではあるが、大きなチャンスが訪れるかもしれないとの期待感が、私には少なからずある。

衰退してしまった日本の「ものづくり」を復活させるには、今までと同じことをやっていてはいけないのであって、今こそ、エンジニアや職人が持つ、斬新な発想と創造力を集結してチャレンジングな場を作っていければと思う。

100年以上経ってもほとんど進化していないのに、今も非常に重要な自動車の装備品とは

20世紀初頭、フォード・モデルTの開発、発売に端を発して市場に出始めた自動車。
2度の世界大戦を経て、兵器製造業から鞍替えしたメーカーの参入によって一般への普及が一気に加速し、庶民の手に届くものになった。

その後は、その時々の最先端技術を取り入れながら、走行性能、環境性能、安全性、快適性、などなどを進化させ、人やものを安全かつ快適に移動させる手段として、趣味やスポーツの道具として、時にはステータスシンボルとして、自動車は幅広い用途で世間に受け入れられていった。そしてこれからはMaaS(Mobility as a Service)と称する新たな概念のもと、移動手段としての自動車の価値が大きく変化していくことになるのだろう。

しかしこれほどの進化の一方で、フォード・モデルTの時代から現在まで、ほとんど進化していない部品や装備が残っているのも事実である。

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その代表例が「ワイパー」だ。
「ワイパー」の基本的な構造は、1903年アメリカで特許が成立している。
フォード・モデルTの発売が1908年だから、その5年前に既にこの構造が成立していたことになる。

その特許では、ラバーブレードとバネ付きアームの組み合わせによるもの、となっており、自動車に少し詳しい人ならお判りかと思うが、現在の自動車に装備されている「ワイパー」と同じ、すなわち約120年経過した現在でも基本構造は当時から大きく変わっていないのである。

もちろんブレードの材質や、雨滴感知や速度感応など付帯的な機能追加はあり、そういう意味では進化しているのだが、本来の「ワイパー」の目的である「フロントガラスに付いた雨滴を掃う」という部分の構造は同じままだ。それどころか、旅客機や船舶、電車など、他の多く乗り物にも、広く「ワイパー」が使われているのをご存じの方も多いだろう。

つまりこれは、約120年もの時間を経る中で世界中の幾多のエンジニアや学者が思考を巡らせても、「ワイパー」に取って代わる画期的な装置の開発には至らなかったことの証左である。

ましてや「ワイパー」は「重要保安部品」と呼ばれる、不備があると車検が通らない装備の一つであり、安全に走行するためにはなくてはならないものだ。
同じ「重要保安部品」でも、灯火類は電球からLEDになり、計器類もアナログからデジタルになり、警音器はラッパ式のホーンから電気式に変わってきたのだが、「ワイパー」だけは120年前のままなのだ。

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1990年代になって雨滴をはじくガラスコーティング材が出始め、代用品としてにわかに期待された時期もあったが、結局は今でも「ワイパー」が装備され続けているのは、安全面でも機能面でも「ワイパー」を凌駕するには至っていないからなのだ。

今や、あらゆる機能が電子制御化され、AIなどの最先端技術が満載されている現代の自動車だが、100年以上前のフォード・モデルTと同じ構造の装備が同居していることに、エンジニアとして何とも不思議な感覚を覚える。今となっては、当時にこの構造を確立させた人の先見性と発想力が素晴らしかったということだろう。

第4次産業革命に差し掛かり情報通信技術ばかりが脚光を浴びる状況となり、IT技術者やシステム系エンジニアが幅を利かせ、メカ系エンジニアは日陰に追いやられつつある製造業も多いと聞く。しかし、自動車だけでなく他の製品でも、こうしたメカ的な構造の中にも進化の余地があるものが数多くあるはずだ。メカ系エンジニアとして「ものづくり」のキャリアを過ごしてきた私としては、まだまだメカ系にも多くの進化の余地があることを知っているだけに非常に歯がゆい思いがあるが、私一人ではどうにもならないのは明白でもある。

だからこそ、いろいろなジャンルのエンジニアや職人がコラボできる場を作り、今までにないアイデアや知恵を創出していきたいと思っている。