Subrow’s Blog

エンジニアとしてのキャリアをベースに「ものづくり」の昔と今、そして未来予想図をこのブログを通じて創っていきます

Mitsubishi SpaceJet(三菱スペースジェット)の「開発凍結」は、日本のものづくり衰退を象徴する出来事

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YS-11以来、久々の国産旅客機として大きな期待と投資を集めたMitsubishi SpaceJet(三菱スペースジェット)の「開発凍結」が正式に発表された

計画立案から20年弱、約1兆円もの巨額の事業費用を注ぎ込んできた巨大プロジェクトだったが、新型コロナウィルス拡大による旅客数減で顧客である航空会社の多くが経営難に陥り、売れる見込みが立たなくなったことでトドメを刺された格好だ。

もっとも2009年以降、開発と製造の遅延で再三にわたって納入延期を余儀なくされ、しかしいまだに量産化の目処すら立っていなかったのも事実であり、頓挫するべくした頓挫したとも言えるだろう。

私はこのニュースに触れて、改めて日本のものづくりの衰退を痛感せざるを得ない、何とも空しく、悔しい気持ちになった。

今回、このプロジェクトの中心となって進めてきたのは三菱重工であり、言わずと知れた日本を代表する製造業である。

太平洋戦争時には性能で米軍機を凌駕する「ゼロ戦」を作り、戦後はYS-11の開発、生産にも中心的な役割を果たしてきた三菱重工であるが、今回ばかりは残念ながら失敗と言わざるを得ないだろう。

旅客機を構成する、あらゆるハードウェアからソフトウェアに至るまで、非常に幅広くまた高度な技術が要求されていたのは想像に難くない。

しかし、当然ながら三菱重工がそれらを全て保有しているわけもなく、それぞれに専門的な強みを持つ多くのメーカーやサプライヤーの協力があって成り立つものである。

自動車でさえ、非常に多くの部品サプライヤーとの技術的な協力関係なくして成り立たないのだから、旅客機におけるその要求度は段違いのレベルだろう。

そういう意味でALL-JAPANとしての「ものづくり」の底力が試されていたのは紛れもない事実なのだが、三菱重工をはじめとした日本の製造業がそのレベルにないことを、いみじくも証明した形になった。

大企業も、中小企業も、零細企業も、みんな足並みを揃えてコストと効率ばかりを追いかけてきた30年の空白は、こうしてジワジワと、しかし着実に日本の製造業を弱体化させてきたのだ。

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過去にこのブログで再三述べているが「ものづくり」を支えるのは間違いなく”人(エンジニア、職工など)”だ

そしてその人たちの志とモチベーションが、革新的な発想や新たな技術、技能を生み出し、日本を「ものづくり立国」に育て、発展させてきたのだ。

しかし今や、志高く入社してきた有能なエンジニアや職工が、いつの間にか組織の様々なシガラミに取り込まれ、志をなくし、モチベーションをなくし、組織の枠に感化されていく姿ばかりだ。

これは日本のものづくりにとって極めて不幸な状況だが、あくまで経営の観点で「ものづくり」を見ざるを得ない企業の環境は、しばらくは今までと変わらないだろう。

いや、この新型コロナの影響を受けて、さらにその傾向が強くなるのかもしれない。

であれば、その志とモチベーションを活かすための、制約やシガラミのない場所を他に作るしかないのであり、そこを起点に日本を「ものづくり立国」として復活させたいと強く願っている。