Subrow’s Blog

エンジニアとしてのキャリアをベースに「ものづくり」の昔と今、そして未来予想図をこのブログを通じて創っていきます

「ものづくり」における正常性バイアスとイノベーションへの障害について

先日、日本列島を襲った台風19号は、東日本を中心とした多くの河川で氾濫、決壊を引き起こし甚大な爪痕を残した。昨年、近畿地方を中心に大きな被害が出た台風18号も記憶に新しいが、人的被害の規模だけで見れば、今回の台風は死者80名超、行方不明者10名超(台風18号は死者6名)と10倍を超える。

正常性バイアス

そこまで大きな人的被害となった要因はそれぞれにあって、ひと括りでは語れないであろうが、今回の被害状況が明らかになるに連れ、「正常性バイアス」という言葉が出てきているのをお聞きになった方も多いだろう。

正常性バイアス」とは「予期しない事態に対峙したとき、「ありえない」という先入観や偏見(バイアス)が働き、物事を正常の範囲だと自動的に認識する心の働き」と解説される心理学用語だそうだ。

簡単に言うと「自分だけは大丈夫だろう」と思い込みたい人間の心理であって、誰でも多かれ少なかれ経験したことがあるだろう。この心理が過剰に働いて避難が遅れ、不幸にも犠牲になった方が少なからずおられたようだ。

今回、この「正常性バイアス」という言葉と意味を聞いて、私がたずさわる「ものづくり」の世界でも起こり得る話だなと感じたので、それについて書いてみたい。

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ものづくりに求められるイノベーション

「ものづくり」は今さら云うまでもなく試行錯誤の繰り返しである。
良いものを作るために、現在の課題を認識して解決する、を繰り返して「ものづくり」は発展してきた。

しかし現在、そして将来の「ものづくり」に求められる試行錯誤は、今までと同じ目線や考え方では成立しないと考えるべきである。何故なら、今、世の中は「ものづくり」に新しい機軸、つまりはイノベーションを求めているからであり、少なくとも過去と現在の延長線上でしか課題を認識せず、そこで試行錯誤を繰り返していても時代に沿うイノベーションは生まれない。今までの延長線上でない外れたところに課題を見出し、その解決に取り組むことが重要になる。

しかし日本の大手製造業でもこの点については、未だ十分に対応出来ている企業はそう多くないと思われる。逆に大手になればなるほど、構造的な問題やしがらみで取り組みが進まないのは、日本企業の弱点でもあるかもしれない。

もともと日本は明治以降、高度成長期にかけて画一的で均質な製品を作ることを重視し、製造業を育ててきた。そして人も同じように横並び意識を植え付けるように誘導されてきた。その結果「出る杭が打たれる」文化が長年にわたって続き、「正常性バイアス」に縛られ「同調圧力」に流されてきた。

今後は「出る杭」になる人を育成し、それを認めて伸ばす文化が必要なのだ、という課題認識は生まれつつあると思われる。そして、その解決策を考え進めるフェーズに入るのであろう。


伝統工芸分野でのイノベーション

一方、「伝統工芸」と言われる分野では、別の意味での「正常性バイアス」があるように思える。
今まで長年にわたって守られてきた固有の伝統なのだから、この分野は日本では貴重な「出る杭」なのだ。しかし、だからこそ逆に「自分だけは大丈夫だろう」という心理があって、時代や世の中の変化に適応出来ない(あえてしない)部分があるのではないだろうか。

代々受け継がれた技術やノウハウは非常に貴重で価値のあるものなのに、それを活かして将来に継承していくためのイノベーションにたどり着けず、衰退させるのは非常に残念なことだ。

自動車メーカーのエンジニアであった身として、非常に多くの人間の意識改革が必要となる大企業でのイノベーションに比べると、「伝統工芸」おけるイノベーションは環境的にはやり易いのではないかと勝手に想像している。何故なら、伝統の継承者である当主の考え方に左右されるところが大きいものだと思われるからだ。

私にとっても「伝統工芸」分野のイノベーションについて明確にイメージ出来ていない部分は非常に多い。数少ない知り合いの「伝統工芸」の職人から聞いた話から想像するしかないからだ。だから今後は、一人でも多くの職人と話をしてみたいし、衰退から発展に軌道を変えられるようなイノベーションを起こすお手伝いが出来ればと思っている。