Subrow’s Blog

エンジニアとしてのキャリアをベースに「ものづくり」の昔と今、そして未来予想図をこのブログを通じて創っていきます

新型コロナウィルスで負ったダメージを、大きなチャンスに変えていくには

1月後半に始まった新型コロナウィルス禍による世界的なパニック。
その後1か月半を経過して、世界経済へのダメージが顕在化してきた。
依然として先が見通せない中、世界中の株式や為替の相場が大きく混乱しリスク回避に走っている。

国内では、店舗の陳列棚に商品がないTV映像を真に受け、開店前から行列を作って、時には店員に無理な要求を突きつける高齢者の多いこと。現役を退いて自分たちの承認欲求が満たされる場がなくなり、立場の弱い店員を相手に、この時とばかりに食って掛かって優越感と達成感に浸っているように見えるのは私だけだろうか。もちろんそんな人たちは、ごくごく一部であることは承知しているが。

今はまだ、劇的に改善する状況は見えないので、ほとんどの人は不安の中にいるだろう。
しかし人類は、大昔から幾多の疫病を乗り越えてきた経験があり、今は冷静に立ち振る舞い、平常に戻ったときにどうするのかを考えていくべきではないだろうか。

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私は今回の事象によって、世の中のいろいろなものがリセットを強いられると予測している。

私が本ブログでテーマとしている「ものづくり」も、その一つだ。

世界中の製造業が中国に工場を作り、低コストでの生産を実現し利益を上げてきたのは言うまでもない。
しかし、今回のウィルス発生によって多くの製造業は、特定地域への生産拠点集中のリスクを痛感しているだろう。既に2002年のSARS流行の時よりも世界の実質成長率が下がる予測が出ているが、当時の失敗に懲りず利益追求のために突っ走った経営の失敗と言わざるを得ない。

広大な国土の大半が未開の地である中国には、今後もこういったリスクが付きまとうことは容易に想像できる。さらには、今後新たな経済発展が見込まれるアフリカは、中国よりもさらに感染症リスクが高い地域であり、アフリカへの投資も慎重にならざるを得ないかもしれない。したがって生産拠点の分散化、または国内回帰を喫緊に進める必要があるのではないだろうか。

そして、企業という組織やその運営も大きく見直す必要が出てくるだろう。

日本では「働き方改革」という言葉が独り歩きしているが、まだまだ多くの企業の就業規則や制度、運用に照らすと所詮「絵にかいた餅」であると実感している人も多いと思う。

しかし今回を機に、にわかに「リモートワーク」、「テレワーク」を推奨する企業が増えた。
制度がない会社が急に制度化したり、制度はあったものの実態としては使えない制度だった企業も、何とかして使えるよう運用を工夫し始めたようだが、あくまでも限られた職種や環境でのみ利用出来る状況に変わりはない。

また学校の休校によって、昼間に子供の面倒を見ることが出来ない家庭への対応もそうだ。
日本の企業には、これだけ共働き世帯が増えているにも関わらず、まだまだ専業主婦在宅前提の運用やルールが多いのはご承知と思う。

共働き世帯にとっては、辞令一つで容赦なく転勤させられたり、定常的な残業や休日出勤を強いられることが、大きな負荷であるのは言うまでもない。子どもの養育という意味では社会的な受け皿やサポートが必要なのは当然だし、官民一体となって、まずは意識改革から始めて欲しい。

これらはごく一部の事例であり、企業として、そして社会としてまだまだ課題は山積している。
そういう意味で今回の事象は、高度成長期から続いてきた企業の在り方と、過去の成功体験から脱しきれない時代錯誤の企業経営者たち、その両方がリセットされるべき時が来たのではないだろうか。

そして今回の経済的ダメージは政治にとっても、バブル崩壊リーマンショックのように他責っぽい雰囲気を醸し出してうやむやには出来ないものだ。明確な政策の失敗と言える部分も多々あり、ましてや一部自治体の首長の動きが非常に的確だったこともあって、現政権もリセットを強いられるかもしれない。

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そう考えると、今回のウィルス禍を「生みの苦しみ」と捉え、世の中を大きく変える転機としたい、いや、絶対にすべきではないか、少なからず犠牲を強いられているのだから。

いみじくも元号が令和に変わったこの機に、時代錯誤の経営者には退場してもらい、この災いを、時代に合った仕組みや運用で国民が幸せに暮らせる国に変えるチャンスとして活かせる人が、一人でも多く出現することに期待したい。

それによってこの国の「ものづくり」は活力を取り戻し、それに携わるエンジニアや職人が持てる力を存分に発揮し、新しい価値を創造できる社会になると信じている。